「おとうさん、ほんよんでー」

次女に手渡されたのは『かちかちやま (みんなでよもう!日本の昔話 (2-4))』であった。「うんええよー」と読み始めた。

 あるところに、おじいさんと
おばあさんが すんで いました。
 あるひ、おじいさんが はたけで
たねまきを していると、
たぬきが でてきて、
きりかぶに ちょこん。


「じいさま まく たね、くされだね。
まいても まいても くされだね。」

とまあなんつーか牧歌的に始まった。以前に読んでやった「さるかにがっせん」も、かにのおかあさんは大怪我をするだけに終わったのでこれもそのようなものだろう、と軽い気持ちでほのぼのとした感じで読んでたら

 ところが、たぬきは てつだいを
するどころか、いきなり きねを
ふりあげたかと おもうと、
おばあさんの あたまを ごつん。


 おばあさんは きのどくに ばたりと
おれて しんで しまいました。
 たぬきも さすがに おどろきましたが、
すぐに しらんかおを すると、
「わあい、ばあさん たおれて ばっさりこ。
さあ、はやいとこ にげだそうっと。」

といきなりバイオレンスシーンキター!次女もこれには引きまくり。
その後のうさぎの報復の果てに

 そのまま たぬきは、
ぶくぶくと
うみの そこへ
しずんで しまいました。

という結末を迎え、「おしまい」といつものように付け加えるおれに「ありがとう」と言うも目がうつろな次女。果たして次女はこの話からどんな教訓を得たのであろうか。
まあでも子どもの頃読んだか聞かされたかしておれが知っている「かちかち山」も大体こんな感じの話だったよなあ。

最終ページの著者の解説によれば

“かちかち山”のお話は、ご承知のように、タヌキがオバアサンを殺し、そのオバアサンで作ったバアサン汁をオジイサンにたべさせるというようにストーリーが進んでいきます。それだけではなく、タヌキがオバアサンの皮をかぶってオバアサンに化け、オジイサンの帰りを待ち受けているなどというのもあります。

という猟奇的なものだったようで、そんなのちっともご承知じゃないよ。ともあれこれでも随分ソフトな表現になってたのな。
解説はその後、子供向けに昔話をリライトする際このような残酷シーンの処理として、バアサン汁はあんまりだから殺すくらいでとどめよう、ということにしたのだが、そうすると今度はその後のウサギの仕返しがあまりに陰険過ぎるように見えてしまう、と言ったことが書かれている。
確かになあ。

  1. 背負わせた萱に放火
  2. 火傷に蓼を塗りつける
  3. 泥舟で海に漕ぎ出て沈める

の三連コンボは、ちときつ過ぎる。バアサン汁を食わされたことまで含めての復讐ならオッケーか?と言われるとそれも疑問ではあるが。

解説ではさらに、太宰治のエピソードが書かれてて

興味が湧いたので青空文庫で探してみたら、「お伽草紙」の一編として収録されていた。
太宰は、5歳の娘から「狸さん、可哀想ね。」と言われ「なるほど、これでは少し兎の仕打がひどすぎる」…と、

 このごろの絵本のやうに、狸が婆さんに単なる引掻き傷を与へたくらゐで、このやうに兎に意地悪く飜弄せられ、背中は焼かれ、その焼かれた個所には唐辛子を塗られ、あげくの果には泥舟に乗せられて殺されるといふ悲惨の運命に立ち到るといふ筋書では、国民学校にかよつてゐるほどの子供ならば、すぐに不審を抱くであらう事は勿論、よしんば狸が、不埒な婆汁などを試みたとしても、なぜ正々堂々と名乗りを挙げて彼に膺懲の一太刀を加へなかつたか。兎が非力であるから、などはこの場合、弁解にならない。仇討ちは須く正々堂々たるべきである。神は正義に味方する。かなはぬまでも、天誅! と一声叫んで真正面からをどりかかつて行くべきである。あまりにも腕前の差がひどかつたならば、その時には臥薪嘗胆、鞍馬山にでもはひつて一心に剣術の修行をする事だ。昔から日本の偉い人たちは、たいていそれをやつてゐる。いかなる事情があらうと、詭計を用ゐて、しかもなぶり殺しにするなどといふ仇討物語は、日本に未だ無いやうだ。それをこのカチカチ山ばかりは、どうも、その仇討の仕方が芳しくない。どだい、男らしくないぢやないか、と子供でも、また大人でも、いやしくも正義にあこがれてゐる人間ならば、誰でもこれに就いてはいささか不快の情を覚えるのではあるまいか。

など考察した結果…

 安心し給へ。私もそれに就いて、考へた。さうして、兎のやり方が男らしくないのは、それは当然だといふ事がわかつた。この兎は男ぢやないんだ。それは、たしかだ。この兎は十六歳の処女だ。

とここまで喝破するのだから流石だ。ついでながら狸の方はこの兎に惚れてしまった37歳のエロオヤジ(もちろん喪男)なんだそうで、これは明らかに大人向けのリライトだ。それならあの結末もまあ、仕方ないかなと。・・・いややっぱ思えんけど。

けどまあ、昔話なんてのは

大体陰残で、何が言いたいんだかわからないもやもやとした感じのものが結構多いよね。「本当はおそろしいグリム童話」とか例に挙げるまでもなく。でもってそんな話の方が面白いつーか味がある。何十年経っても憶えてるなんてのはたいていそういうお話なんじゃあないだろうか。
以前読んでやった「さるかにがっせん」なんてのも、毒気が抜けちゃってて全然ダメ。こんな話じゃ多分子どもの記憶に残らない。
そんなんよりは今回のみたいにちときついくらいの方が読む価値があるかもなー。
…と、今日のlま゛やきもちと長くはなったがやはりいつも通り何が言いたいんだかわからないもやもやとした感じのまま終わるのであった。とっぺんぱらりのぷう。